2012年04月21日
気仙沼の早馬神社②
子育てママ支援のイベント「はぴままカフェvol.4」では

5月12日(土)と
13日(日)に


「これじゃぁ値札つけ
嬉しい悲鳴があがるほど

荷物を届けて下さったみなさん、

5月12日(土)&13日(日)
の二日間開催です!

昔から顔がそっくりだと
梶原くんは
3月11日当日地震直後、


復興支援バザー&
フリーマーケットを
開催します。
前回の売り上げは
64,720円、
募金とあわせた
10万円全額を
陸前高田の
子育て支援団体
Wa-Iさんへお届
けしました。

(詳細は追ってUPします)
多くの支援を下さった
みなさん、
そして、大寒の寒い中
来場して下さった
みなさん、そして
販売してくれたスタッフ。
どうもありがとう
ございました!

今回もみなさんから
山のようなのフリマ用品が
会場の駿府匠宿へ
届きました

担当のスタッフから
「これじゃぁ値札つけ
おわらないよ~」と
嬉しい悲鳴があがるほど


スタッフのチビちゃんも
真剣に値札付け。
これがなかなか上手。
助かっちゃいました

荷物を届けて下さったみなさん、
本当に本当に
ありがとうございました。
中にはあたたかい
メッセージも
添えられていて…
添えられていて…
感謝の気持ちは
尽きません。

あとは一生懸命売ります!
売って、陸前高田市の
ママさんたちの笑顔に
つながればと思っています。
「はぴまま復興支援
バザー&フリーマーケット」は
5月12日(土)&13日(日)
の二日間開催です!
お待ちしています
さて…気仙沼の友人の話。

さて…気仙沼の友人の話。

昔から顔がそっくりだと
言われてきた友人の
梶原君とkinako。
兄弟説もあったほど…

彼は現在、気仙沼の
歴史ある神社の
神職として町を守りながら
暮らしてします。

3月11日当日地震直後、
津波を心配し
逃げてきた人たちを
まずは山へ誘導したそう。
津波がくるまで
約40分の時間が
あったとのこと。
ただただ必死で
覚えていないことも
多い様子でした。

その後、自分の家族を
誘導するのですが
自宅の二階へあがると
もう逃げ道は
二階から屋根を伝って
裏山へ逃げるしか
なくなっていたそうです。
子供は2歳と3歳。
まずは彼が長男を抱えて
裏山へ飛びうつります。
でも、女性の奥さんが
2歳の子供を抱えて飛ぶには
その距離は遠すぎて…

もう無我夢中で、
跳べない奥さんに
次男を投げろと指示し、
ようやく家族4人で
そろって山へ逃げることが
できたのだと
話してくれました。
しかし、水量が
どこまで増えるのかなんて
この時点では
誰にもわかりません。
最初の津波警報は4mまで

あがっていったそう。
昔あった津波は6mだったので
そこを越えるはずはないと
みな、考えていたとのこと。
しかし警報はやがて6mを越え
その後10mの警報も
出されたようですが、
流されてくる車のクラクションや
家屋が粉砕する音で
彼の耳には全く
届きませんでした。

来る波は30~40キロ
というスピード。
しかし、引き波はさらに強い
50~60キロを超える勢いで
さまざまなものを
なぎ倒し流していったと言います。
日も暮れていきます。
手には家の2階から
手には家の2階から
偶然にも持ち出した
懐中電灯が一本だけ。

日が暮れても水は収まらず
水かさの検討がつかず…
繰り返す余震と、赤い空に
増水を心配しながらの
長い夜を過ごしたそうです。
水かさの予測ができないので
手水鉢が流されゴトゴトいう音や
浮かんでいる車や
流れてきたバケツの位置を
真っ暗な中何度も何度も
懐中電灯で照らし確かめては
過ごしたんだと話してくれました。

現在の神社の様子。

震災直後の様子。
復興していくにあたり
重機が入ることなど
とうてい読めず…
ボランティアの方たちの手で
車やゴミが撤去されて
いったんだそうです。

彼の早馬神社がある
気仙沼の唐桑地区は
すごい勢いで
水が増える立地条件なんだと
話してくれました。
遠浅の海は特に
被害が大きく
なりやすいんだとも。

この唐桑地区もそうですが

今回被災にあった
多くの場所は
今後住宅など建てることが
できなくなり、
この唐桑地区も
公園にされる計画が
現在進んでいるのだと
聞きました。
長年海、そして津波とともに生きてきた町でも
その予想をはるかに超える被害が起きたということを考えると
人間の考えることなど、やはり自然にはかなわないのだと強く思い知らされます。
Posted by はぴままカフェ at 22:19│Comments(0)
│はぴままの被災地支援