2012年04月23日
気仙沼の早馬神社③

神職、そして
4歳と3歳の息子、
二児の父親として
気仙沼で日々を送る友人。
その後の生活についても
少し聞くことができました。
友人は幸運にも
高台に家があったので
被災後も自宅の2階で
生活することができました。

でも、被災地から離れた
静岡でもわかるように
家をなくしてしまった人達は
時間が経つにつれ
家をなくしてしまった人達は
時間が経つにつれ
避難所での生活が
仮設住宅へと
移っていきます。
仮設住宅は用意されるのですが
そこでもやはり営まれるのは
集団生活。

まだ状況を読むことができない
遊び盛りの子供を抱えた
家族の生活は大変なんだと
奥さんが話をしてくれました。
仮設住宅で騒ぐ子供を
いなしながら生活するのは
あまりにもストレスが多く…
知り合いの中には
幼い子供を抱えた家族
数家族で高台の住宅を借り
共同生活をしているのだと
聞きました。

震災直後のがれきの中では
遊ぶこともできず…
散歩すらままならない
そんな毎日が
続いていたのだそう。
今でももちろん公園などはなく
子供たちは
遊び場所に困るのだと
奥さんが教えてくれました。

震災直後は
子どもたちはひどくおびえ
寝ていても
「きゃーこわいー」と叫んだり
余震があるたびにふるえ
「もう大丈夫だよ」
「もう平気だよ」
「もうこないよ」
そう言い聞かせて
やり過ごしたそうです。

津波直後のパネルを
見ながら
「震災だよ」
「津波なんだよ」
そう教えてくれる
4歳の彼を見ると
「やはりここで起きたんだ…」
そう実感をさせられました。
ミニカーを並べては
なぎ倒して「津波だよ」
そう言っていた頃も
あったのだそう。

押してくる津波は
30~40キロ、
そして返す波は
50~60キロ。
ごう音をあげて
目の前の通過する波、
「どんなに体力が
あったってダメなんだよ」
そう友人は言っていました。

奥さんがまっすぐに
kinako達を見て言いました。
一番最初に
彼女から聞いた
あいさつ以外の
言葉だったと思います。
「本当に、ともかく逃げて欲しい」
「とにかく高いところへ」
「一刻も早く、海から逃げて欲しい」と。
やわらかい雰囲気をまとった
彼女が発した
とても力強い言葉でした。

友人も言います。
繰り返さないためにも
ひとりでも多くの人に
知って欲しいのだと。
本当に彼とその家族が
こうして笑顔で
笑っていてくれてよかったと
そしてそれはすごいことなんだと
写真を撮りながら
思ったのを覚えています。

今、気仙沼ではわかめ漁や
牡蠣漁が始まっています。
昔から言われていたことの
震災はわかめの収穫を予定していた
本当に直前に起きたのだと聞きました。
ひとつのようなのですが…
震災後は海が豊かになるのだとか。
実際、震災後植えたわかめや
牡蠣がすごい勢いで
育っているんだと教えてもらいました。

5月11~13日の
「はぴままカフェvol.4」では
kinakoの友人が住む
気仙沼の唐桑地区で採れた
塩蔵わかめを販売しようと
現在、動いています。
他にも被災地から
名産を送っていただくお願いを
しています。
友人からもらったわかめは
とてもやわらかく
美味しかったです。

気仙沼は新しい一歩を
踏み出した、そう感じました。
よかったら、5月に足を運んで
彼らのパワーをもらって下さい。
「はぴままカフェvol.4 復興支援フリーマーケット&バザー」
日時:5月12日(土)&13日(日)10:00~15:00
場所:体験工房 駿府匠宿 中央広場
物品販売は11日(金)~13日(日)まで行います。
収益は全て現地で子育て支援活動をしている
「気仙地域子育て支援ネットワーク Wa-I」さんへ寄付されます。
Posted by はぴままカフェ at 09:00│Comments(0)
│はぴままの被災地支援